入社祝い金は返さなきゃダメ?―労働基準法が定める意外なルールと返還トラブル防止のポイント
皆様こんにちは。社会保険労務士の岩竹です。
求人広告で「入社祝い金10万円支給!」という文言、最近よく見かけますね。
企業としては採用を促進するための魅力的な制度ですが、実はこの「入社祝い金」をめぐって、返還トラブルが増えています。
「数週間で退職したら、会社から“祝い金を返せ”と言われた」「契約書にはそんなこと書いてなかったのに…」
こういった相談、実は意外とあるんです。では、退職した場合に入社祝金を返す義務は本当にあるのでしょうか?
法的な位置づけ:「入社祝い金」は賃金?それとも贈与?
入社祝い金の性質は会社によって異なりますが、大きく分けて次の2パターンです。
- 採用時に一括で支給する「一時金」タイプ
→ 「入社おめでとう」の意味合いが強く、労働の対価ではない。 - 一定期間の勤務を条件に支給するタイプ
→ 「半年以上勤務したら支給」など、勤続を促す性質。
ここで重要なのが、労働基準法第16条の存在です。
労働基準法第16条とは?
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定してはならない。つまり、「すぐ辞めたらお金を返せ」などの一方的な取り決めは原則として無効です。
労働者が自由に退職する権利を保障するための規定であり、過度なペナルティを課すことは許されません。そのため、「3か月以内に辞めたら入社祝金を全額返還」といった規定は、労働基準法16条違反となる可能性が高いのです。
【判例・事例】返還を求めたが、裁判所はどう判断?
実際に、ある企業が「入社祝金10万円を支給、3か月以内の退職者は全額返還」としていたケースで、退職した従業員に返還を求めたところ、裁判所は次のように判断しました。
- 返還条件が労働契約の不履行に対する「違約金」に該当する
- 金額が実際の損害と関係なく設定されている
- 労働者の退職の自由を不当に制限している
これらを理由に、会社側の返還請求は無効とされました。一方で、「支給後すぐに辞職し、実質的に勤務していない」「虚偽の経歴で入社した」などの信義則上著しい背信行為があった場合は、例外的に返還が認められた事例もあります。
企業が取るべき適切な対応
採用活動の一環として入社祝金制度を設ける場合は、次の点に注意しましょう。
- 支給時期と条件を明確に設定する
→ 「入社6か月経過後に支給」など、退職リスクを避ける設計に。 - 返還規定を設けるなら、合理的な範囲にとどめる
→ 実損害を超える返還義務は16条違反になるおそれがあります。 - 労働者への説明と同意を徹底する
→ 書面で条件を明示し、サインを得ることがトラブル防止につながります。
労働者側も契約内容をしっかり確認!
入社祝金がある場合は、支給のタイミングと返還の条件を必ず確認しましょう。
求人票だけではなく、内定通知書や雇用契約書の記載が重要です。
「祝い金=ただのお祝い」と思い込んでしまうと、後でトラブルになることもあります。
まとめ:入社祝金は「人材確保の切り札」、でも法のルールを忘れずに
入社祝金は、採用の魅力を高める有効な制度です。しかし、返還をめぐる取り決めを誤ると、労働基準法違反や損害賠償リスクを招く恐れがあります。
トラブルのない健全な採用活動を実現するためにも制度設計をしっかりと行いましょう。


