1時間遅刻したけど1時間残業したからチャラでいいよね?」──本当にOK?
皆様こんにちは。社会保険労務士の岩竹です。
「社員が1時間遅刻したけど、その分1時間残業した。だから結局働いた時間は同じだし、控除しなくていいですよね?」日々の労務相談の中で、意外と多い質問がこれです。
一見すると良さそうに思えますが、実は法律上はそう簡単ではありません。
● 労働時間のルールは「時間帯」で決まる
労働基準法では、1日8時間・週40時間が原則の労働時間とされています。
会社ごとに「9時〜18時(休憩1時間)」などと定めている場合、この枠内で働くことが「所定労働時間」となります。
たとえば、9時始業の会社で社員が10時に出勤した場合、その1時間は労働義務を果たしていない時間=遅刻です。そして、18時以降に1時間働いたとしても、それは所定外労働=残業になります。
つまり、
- 9:00〜10:00 → 遅刻(働いていない)
- 18:00〜19:00 → 残業(所定外労働)
となり、「遅刻」と「残業」は別の扱いになるのです。
「トータルで8時間働いたからOK」とはならず、給与計算上は「1時間分の給与控除」と「1時間分の残業代支払い」が発生します。
● なぜ相殺(チャラ)にできないのか?
これは、法律上の「賃金全額払いの原則」や「時間外労働の割増義務」が関係しています。
会社は、あらかじめ定めた時間に労働を提供してもらう契約を結んでおり、その時間を守ることが前提です。
もし「遅刻分を残業で埋め合わせればいい」という運用をしてしまうと、勤務時間の管理が曖昧になり、「実際に何時間働いたのか」「どこからが残業なのか」が不明確になります。
結果として、労働時間の把握義務違反や未払い残業のリスクにつながる恐れがあるのです。
● 柔軟に対応するなら「勤務時間の変更」や「フレックスタイム制」を
もちろん、「遅刻してもあとで取り戻せるようにしたい」という考え自体は理解できます。
現代の働き方では、家庭の事情や交通事情で始業時刻に遅れることもありますし、柔軟に働ける制度を整えることは会社にとってもプラスです。
その場合は、事前に勤務時間を変更する運用を取り入れるのがポイントです。例えば、「今日は10時から19時勤務とする」と上司が了承すれば、これは勤務時間の変更(振替勤務)として扱うことができます。
ただし、こうした柔軟な対応を行うには、就業規則にその旨を明記しておくことが必要です。また、始業・終業時刻を従業員が自ら調整できるフレックスタイム制を導入する方法もあります。
これなら、遅刻や残業という考え方自体がなくなり、働く時間の総量で管理することが可能です。
● 実務でありがちな誤解
「遅刻した分を残業で取り戻しているから、特に処理していない」「結局8時間働いたから、給与はそのままでいい」
こうした対応をしている会社も少なくありません。しかし、監督署の調査では、「始業・終業の記録と実際の労働時間が一致しているか」「割増賃金を正しく支払っているか」といった点がチェックされます。
意図せずともルール違反になってしまうことがあるため、「遅刻は遅刻」「残業は残業」と区別して管理することが大切です。
● まとめ
- 遅刻と残業は相殺できない(法律上は別扱い)
- 給与上は「遅刻分控除+残業代支給」が正しい処理
- 柔軟に対応したい場合は、「勤務時間変更」や「フレックス制」を導入する
- 就業規則で運用ルールを明確にしておくと安心
「遅刻したけど残業したから同じ」は、現場の感覚では自然でも、法的にはリスクがあります。就業規則の整備と労働時間管理の見直しで、トラブルを未然に防ぎましょう。


