従業員に損害賠償を請求できる?~労働基準法第16条から考える“責任”の範囲~
こんにちは。社会保険労務士の岩竹です。
会社を経営していると、「従業員のミスで会社に損害が出た。弁償してもらえるのか?」という場面に出くわすことがあります。
一方で、働く側からも「うっかりミスで備品を壊してしまった。修理代を給料から引かれるって本当?」という不安の声をよく聞きます。
今回は、従業員に損害賠償を求める際の注意点と、労働基準法第16条の考え方についてお話ししたいと思います。
■ 労働基準法16条とは
まず、押さえておきたいのが労働基準法第16条です。
この条文には次のように書かれています。
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
つまり、あらかじめ“ミスをしたら○万円払う”などと契約で決めておくことは法律で禁止されています。
たとえば「退職したら研修費を全額返還」「お皿を割ったら罰金」などは、この条文に違反する可能性があります。
■ 仕事中のミスは「全額弁償」ではない
では、実際に従業員がミスをして会社に損害が出た場合はどうでしょうか?
法律上、従業員も会社に対して「注意義務」を負っています。しかし、仕事中のミスや事故の多くは、業務の一環として発生するものであり、すべてを本人の責任にするのは公平ではありません。
そのため、裁判所の考え方としては、
- 故意や重大な過失がない限り、損害の一部しか負担させるべきでない
- 会社にも管理責任や教育責任がある
という立場を取っています。
たとえば、配送ドライバーが運転中に軽微な接触事故を起こして車両を破損させた場合、会社が修理費の全額を請求するのは不当とされる可能性があります。
■ 給与から天引きするのはNG
よくある誤りが、「弁償分を給料から差し引いておくね」という対応です。
しかし、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)により、従業員の同意がない天引きは原則禁止です。
本人の同意があっても、その内容が社会通念上妥当でない場合には無効とされることもあります。
トラブルを避けるためには、まず事実関係を確認し、本人と十分に話し合ったうえで、合意書を交わすことが望ましいです。
■ 会社がとるべき対応
従業員のミスで損害が発生したときは、感情的にならず、次の点を意識しましょう。
- 故意や重大な過失があったかを確認する
- 会社側にも管理・教育上の問題がなかったかを検討する
- 損害の内容と金額を冷静に把握する
- 処分や請求は慎重に判断する(社労士等への相談も検討)
また、再発防止のためには、マニュアル整備や教育体制の強化も欠かせません。
■ まとめ
従業員への損害賠償は、法律上可能な場合もありますが、「損害を与えた=全額請求できる」という単純な話ではありません。
労働基準法第16条が禁止しているように、「違約金」「罰金」を一方的に決めることはできません。そして、実際の賠償も、故意や重大な過失があった場合を除き、限定的な範囲で行うのが原則です。
もし、損害が発生したときに「どこまで責任を問えるのか」「どんな対応が適切か」法律に沿った公平な対応を一緒に考えていきましょう。


